生体情報システム研究室

Laboratory of Cell Signaling


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メラニン細胞刺激ホルモンと体色調節

 アマガエルは,背地に応じて体色を変化させます。緑の葉の上にいるアマガエルは多くの場合,きれいな黄緑色をしてます。ところが,枯葉や土などの上にいるアマガエルは茶色っぽいですね。これは異なる種類のアマガエルが異なる環境に生息しているというのではなく,アマガエルが背地の色に応じて体色を変化させているのです。このような体色変化を引き起こすホルモンとして,メラニン細胞刺激ホルモン(MSH)が同定されました。およそ一世紀も前のことです。脳下垂体中葉を外科的に取り除くと体色変化が起きず,薄い色のカエルになってしまいます。そこで,MSHは発見当初,脳下垂体中葉(Pars intermedia; Intermediate lobe of the pituitary)から分泌される活性物質ということで,インテルメジン(intermedin)と呼ばれました。今では,MSH,通称メラノトロピン(melanotropin)と呼ぶのが国際的にも一般的です。今でも高校生物の教科書や資料集でインテルメジンという表記を見ることがありますが,教育に関しても国際化が必要かと思います。

カエルの体色調節

カエルの体色調節系

 アマガエルの体色変化はどのような仕組みで起こるのでしょうか?

 黄緑色のアマガエル(下図A)の皮膚を観察すると,3種の色素細胞が組をなして表皮の下(体の内部側)に存在することが分かります(下図B)。これを真皮性色素細胞単位と言います。模式図にあらわすとメラニン色素を細胞の中心部に持つメラニン細胞(メラノフォア)がイリドフォアを覆っているのが分かります。表皮から入った光は,メラニン色素に裏打ちされたイリドフォア内で散乱や干渉が起こり,黄緑色の光として反射します。皮膚のどこをさがしても黄緑色の色素は存在しません。黄緑色は構造色だからです。

カエルの色素細胞

 茶色のアマガエル(図A)の皮膚を観察すると,黒いメラニン色素がメラノフォアの細胞全体に広がっていることが分かります(図B)。簡単な模式図にあらわすと図Cのようになります。表皮から入った光は,メラニン色素により遮断され,光の散乱や干渉を起こすイリドフォアには到達せず,黄緑色の構造色が現れなくなります。そして,ザンソフォアのもつ色素の色が現れます。簡単に説明すると,アマガエルはこのような仕組みで体色を変化させるのです。

 メラノフォアを皮膚から取り出して培養すると,メラニン色素が細胞の中心部に集まっています(図D)。この細胞にMSHを作用させると,メラニン色素がメラノフォアの細胞全体に広がります(図E)。MSHは,メラノフォア内のメラニン色素の分布を変化させることで,カエルの体色を暗化させるのです。

MSHによるカエルの色素細胞の変化

マウスの体色調節系

 マウスの皮膚切片を光学顕微鏡で観察すると,メラニン色素を含む多数の毛根(毛の根元)が確認できます(下左図)。毛の根元を電子顕微鏡を用いてさらに拡大してみると,毛乳頭細胞の周りに,メラニン色素顆粒を含むメラニン細胞が観察されます(下右図)。変温動物のメラニン細胞をメラノフォアと呼びますが,恒温動物のメラニン細胞はメラノサイトといいます。

マウスの皮膚切片

 毛は,その根元部分で,毛の細胞が分裂によって増殖することで成長(伸長)します。メラノサイトは毛の成長部で盛んにメラニン色素をつくり、増殖した毛の細胞にメラニン顆粒を送ります。その結果,毛の細胞はメラニン色素を持つようになり毛が着色します。このように,毛色はメラノサイトが作るメラニンの種類や量により決定されます。メラノサイトが緑,青,黄,赤の順に,異なる色のメラニン色素を合成したと仮定します(実際には緑や青のメラニン色素はありません)。合成されたメラニン色素は順次毛の細胞に送られますから,先端から基部にかけて,緑,青,黄,赤の縞をもつカラフルな毛ができあがります。

 ところで,縞模様の毛なんて実際にあるのでしょうか?

毛の成長とメラニン色素合成

 縞模様の毛は実際にあるのでしょうか? 答えは「あります」。

 野生の哺乳類の毛は,大体茶色っぽい色をしています。その例として砂ネズミの写真を示しました(下左図)。その毛をよく観察すると,毛の一本一本が,先端から基部にかけて黒,黄,黒の縞模様になっていることが分かります(右図)。これを熱帯雨林に生息するげっ歯類 agouti の毛色に因んで,アグチパターンと言います。アグチパターンは,毛の伸長に伴って,メラノサイトが黒色メラニン(ユーメラニン),黄色メラニン(フェオメラニン),ユーメラニンの順に合成して,毛の細胞にメラニン色素を提供することにより生じます。

哺乳類のアグチパターン

 ユーメラニンもフェオメラニンも,メラノサイトのもつ特殊な細胞小器官メラノソーム内で合成されます。電子顕微鏡で見えたメラニン色素顆粒がメラノソームです。いずれのメラニンもチロシン(アミノ酸の一種)を材料として,酵素の働きにより合成されます。メラニン合成に働く酵素群の中で鍵となる酵素がチロシナーゼです。この酵素が全く働かないとメラニンが合成されずアルビノ(白子)になります。メラノサイトはユーメラニンとフェオメラニンの両方を合成できますが,どちらのメラニンを合成するのかは,cAMPと呼ばれる物質の細胞内濃度に依存します。この濃度を調節するのがα-MSH調節系です。体色調節に働くα-MSH調節系を模式的に示しました(下図)。α-MSH,アグチシグナルタンパク(ASIP),MSH受容体(MC1R)の働きによって,メラノサイト内部のcAMP濃度が調節され,ユーメラニン合成とフェオメラニン合成の切替が起こります。α-MSHはMC1Rに結合することでcAMP合成を促進し,黒色のユーメラニンを作らせます。ASIPはMC1Rに結合することで,cAMP濃度を下げてフェオメラニンをつくらせます。ASIPは,毛の根元(毛包)で作られる局所ホルモンです。

メラノコルチン系によるメラニン色素合成の制御

 野生の哺乳類は背が茶色く,腹が白っぽいような体色のパターンをもっています。これは逆影と呼ばれ,保護色の一種とされています。背側と腹側の毛を観察すると興味深いことが分かります。背側の毛はアグチパターンをもちますが,腹側の毛はフェオメラニンのみをもつ単一色です。このような毛の色の背腹差やアグチパターンはどのような仕組みで生じるのでしょうか?

 このような毛色パターンはASIPの産生パターンによるもので,ASIP遺伝子により遺伝的に決められています。

ASIP(アグチ)遺伝子

 一般に遺伝子は,タンパクのアミノ酸配列を規定する領域(タンパクの設計図)と,そのタンパクをいつ,どこで,どれくらい作るかを決める領域(遺伝子のスイッチ)とから構成されています。マウスのASIP(アグチ)遺伝子にはスイッチが2つあり,一方は腹部の毛包で常にオンになるスイッチ,他方は毛の成長(伸長)の一時期だけ全ての毛包でオンになるスイッチです。この2つのスイッチが独立に働くため,背側ではアグチパターンをもった毛が,腹側ではフェオメラニン単一色の毛が生じます。

 少し分かり辛いかもしれませんね。下図で説明します。背側と腹側の毛の成長と,アグチ遺伝子のスイッチのオン/オフを図式化して示しました。A,Bの2つのスイッチについて,オンになっているものを丸(○)で表しました。Aのスイッチは腹部の毛包で常にオンになるため,スイッチBがオンであれオフであれ,腹部の毛包ではASIPが常に作られます。その結果,メラノサイトの細胞内cAMP濃度が常に低下して,黄色のフェオメラニンのみが合成されます。一方,背側の毛包では毛の成長(伸長)の一時期だけオンになるスイッチBのみが働きます。スイッチBがオンのときだけメラノサイトの細胞内cAMP濃度が低下して,黄色のフェオメラニンが合成されます。このような仕組みにより,背側ではアグチパターンをもった毛が,腹側ではフェオメラニン単一色の毛が生じます。実にうまくできているものですね。

毛の成長とアグチ遺伝子

鳥の体色調節系

 カエルでもマウスでも,MSHが体色調節で重要なはたらきをしていることを見てきました。MSHの主要な内分泌腺は脳下垂体の中葉です。ここから分泌されたMSHが皮膚で体色調節にはたらいているのです。ところが,鳥類ではこの脳下垂体中葉がありません。鳥類の体色はどのように制御されているのでしょうか。この問題が私たちの研究テーマのひとつになっています。研究内容の概要をご覧ください。


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